セルビアからボスニア・ヘルツェコビナの首都サラエボにやってきました。
ここの宿は居心地が良く、ニャンコが可愛いので思わずシャッターを押してしまいました。
ここ、サラエボも元々はユーゴスラビアの国から独立した一つの国で、以前には冬季オリンピックも行われたという、由緒ある都市です。
そんなサラエボの街・・・・・・。
そんな由緒ある都市ですが・・・・・
この街で第一次世界大戦のきっかけになったオーストリア皇太子暗殺事件があったり
最近?では今から17年程前、ちょうど僕らが中学生くらいの頃に内戦があったと事でも有名です。
街の至る所には17年程経ったいまでも、銃痕の残った壁がたくさん見られます。
一見普通のマンションに見えるこの建物も・・・・・・・・
近づいて見てみると・・・・・・。
と、蜂の巣になってます。
いかに、内戦が激しかったかを想像できます。
今から約8年前から約3年半にかけて、セルビア軍がここサラエボの街に住むイスラム教徒やクロアチア人等を武力によって包囲してました。
その時の犠牲者もほとんどが一般市民・・・・・・・
ハンパない人数です。
そんなに長期間包囲されていたので、死人がでても埋める場所が無く、以前に行ったオリンピックスタジアムの横のグラウンドにお墓を作らざるえなくなり、オリンピックスタジアムの横は、ご覧の通り無数の墓だらけです。。。。
平和を祈るはずのオリンピックのスタジアムの横には、平和とは相反する戦争により亡くなった人達の墓だらけ・・・・・。
なんとも、皮肉な出来事です・・・・・。
サラエボの街は盆地になっており、周りの山から街を囲む様にセルビア軍が包囲していたらしい。。。。
もちろん包囲されたサラエボ市内は3年半、水、電気のインフラも機能しまいまま、住民はセルビア軍に怯えながら暮らしていた。
通称、スナイパー通り。
この、通りの至る所のビルに隠れたセルビア軍の狙撃手が道路に出た一般人に向けて射殺するという何とも恐ろしい通り。
ゴルゴ13でも話に出てくるという、悪名高きストリート
サラエボ市内のモスク。
イスラムというと、おバカな僕はどうしても中近東の国なんかを連想してしまうが、ここサラエボには数多くのヨーロピアン・ムスリムが居住している。
紛争中に第二次世界大戦以降に大量虐殺の被害を受けたのもこのヨーロピアン・ムスリムの人達。
この、日は集会の日なのかたくさんの、イスラム教徒の人達が集まっていました。
サラエボの街はイスラムの寺院のジャーミアやカトリックの聖堂、セルビア正教会なんかも数多く点在してます。
ボスニア料理のチェバプチチ。
パンの中に塩こしょうの効いた小ぶりのソーセージたくさん入っていて安くて美味い。
自分たちが生まれて物心がつき始めた頃にでも、ブラウン管の向こう側では・・・・、
この様な民族紛争があったなんて、ほとんど記憶に無い鈍感な僕。
マンガやゲームばっかりやってたから分かるはずもないでしょう・・・・・。
今でも世界中の知らない地域でこの様な紛争も絶えず行われているのでしょう。
民族間の争いはイスラエルのエルサレム同様にややこしい事ばかりです。。。。。。。
kanekiti // 2010年05月12日 9:20 AM
重いとこ好きやな~。
旅のテーマのゆる~くに反してないかい?
んで、モスタルには行った?
俺が、行こうとして、急きょやめて、後から行ったら良かったと後悔したとこ。
なので、行ってるなら感想聞きたいっす。 kanekiti(Quote)
desmo // 2010年05月12日 1:13 PM
そうやな~、最近重い所ばっかりやからな。。。。
旅のテーマには反してないよ、ゆる~く旅してますよ。
ゆる~く旅をしてるから、あっと言う間に来月には帰国してしまうらしいです(笑)
最近、同じ様な街並み、遺跡でかなり飽きてきたので、たまには重~い系もいいかなって思ったけど、重い系も大分飽きてきた。。。。。
なので、モスタルも重い系だと聞いてたので、パスしたぞい。
なにやら、モスタルには何故か?ブルース・リーの銅像があったらしくてそれを見たかったけど・・・・・。 desmo(Quote)